続・ファンクラブ






 カカシのファンクラブの代表の中忍の女性がイルカをアカデミーに訪ねてきた。
 夫も子供もいる落ち着いた彼女が少し青ざめた顔をして困りましたと言ってきた時には何が起きたのかと、嫌な予感がした。
「ボイコットですか?」
 イルカはつい声を荒げていた。
「正確にはちょっと違うんだけどね」
 彼女は頬に手をあてて溜息をついた。
 先週末、一泊での旅行が企画されていたがカカシ自身は来ないで、影分身を寄越したというのだ。上忍のカカシが中忍だけだった参加者を騙し通すことは可能だったのに、旅の終わりにわざとばらして、事務局長と話がしたい、それまで行事に参加する気はないと言ったとのこと。
 会長の彼女の元に参加者がやって来て何とかして欲しいと窮状を訴えたということだ。
 あの男〜!
 イルカの内心はぐつぐつと煮えたぎり出す。彼女に頼まれるまでもない。あの性根をたたき直してやる!
「わかりました。今日早速行ってきます」
 イルカのきりとした表情に彼女は安堵して頷いた。



 カカシの家はひっそりと静まり返っていた。結界を張ってる気配がある。イルカは合い鍵を持っているが外ではどこにファンたちの目が光っているかわからない。わかりやすく感じられるものが確実にふたつはある。
「カカシ先生。イルカです。お話があるそうですね。開けて下さい」
 言い終わるやいなや1秒の時間もかけずに戸が開いて閉まって気づけばイルカは部屋の中だった。しかも手裏剣模様の布団の上。傍らのこんもりとした塊は、カカシだ。布団の中にくるまっている。銀の髪がちょっぴり布団からでていた。
「カカシ先生。何ふて寝してるんですか」
 イルカが髪をつんつん引っ張るとカカシはますます布団にくるまって丸くなってしまう。
「カカシ先生、話があるんですよね。何も言わないなら俺帰りますよ?」
「・・・・・・二ヶ月」
「は?」
「二ヶ月もの間、プライベートで会ってません。勿論セックスもしてません。俺たち恋人同士なのに」
 くぐもったカカシの声が怨念を伴ってイルカの耳に届く。
 そう言えばとイルカは暢気に考えた。ファンクラブ発足を伝えたあのピクニック以来、何かと忙しくしていたし、内緒にしなければならないという事情もあり、確かにカカシとは仕事上で話をするくらいで、飲みにも行っていなかった。だがそれはイルカにとってたいした問題ではなく、カカシがどうしてこんなにいじけてしまっているのか全くわからない。
「もしかして話って、それですか・・・?」
 イルカの呆れた気持ちが伝わったのか、カカシはがばりと身を起こした。イルカの予想に反してカカシの晒した素顔はにっこりとご機嫌に笑っていた。
「いいえ。話があるのは、あなたの体にです」
 視界がまわった、と思った時にはイルカは組み敷かれていた。
 腹の上に載ったカカシはイルカの両手を布団に縫いつけた。
「もう限界なんです。あなたのこと考えてマスかくのも飽きました。今夜はたっぷりと本物を堪能します」
 カカシは、いっそさわやかなくらいに笑っている。笑っているが瞬きを忘れた目は血走っている。鼻の穴は広がっている。下肢に目をやれば、カカシのあそこは窮屈そうに出してくれと自己主張している。
 さすがにイルカはここに至り、自分が危機的状況に陥っていることを悟った。ファンクラブ発足のちょっと前にカカシに数回抱かれた。カカシは気持ちよさそうだったが、イルカは初めてのことにとまどいも手伝い正直あまりいい思い出はなく、このまま何となく自然消滅もありかなあと考えていた。
 だがカカシは違うらしい。男のイルカの体をおかずにできるなんてちょっと尊敬ものだ。
 いやそうじゃなくて、今カカシはあからさまにイルカに欲情している。
 イルカはごくりと唾を飲み込んだ。
「あの〜、俺の体は堪能するようなものではないですよー?」
「ご心配なく。あんたの体はおいしいです。極上です」
 近づくカカシの顔こそ極上の笑顔で舌なめずりしている。よだれがたらりと伝ってきた時にはイルカは耐えきれずにカカシの頬を張っていた。
「ヘンタイー!」
 思い切りの力でやってしまったら、カカシは体の上から転げ落ちた。
 脱兎の如く逃げようとしたイルカの背に、カカシの声がすかさずかけられた。
「このまま帰ったら、明日にはばらしますよ」
 ぴたりとイルカの足が止まる。
「駄目です! 明日が丁度ファンクラブの本格的始動なんですよ。そんな時に特定の相手がいるなんて知れたら、やめちゃう人もでてきちゃうし、それに事務局長とできているなんて、やばいですよ!」
「じゃあやらせてください。そしたら我慢します」
「交換条件ですか・・・」
 イルカが睨み付けると、カカシは唇を尖らせた。
「そんな卑怯な真似をしなければならない俺を哀れんでくださいよ」
 ぎりぎりと歯を噛みしめるイルカのそばにカカシがやって来た。すねた顔のまま、イルカの片手をとると己の局所に押しつけた。
「あのね、あんたが考えているより俺はあんたに惚れてるの。同じ男で美形でもないもっさりしてるあんたに欲情して、あんたの裸想像してしちゃってる自分てかわいそーって思いますよそりゃあ。でも好きなんだから仕方ないじゃないですか」
 カカシの正直な告白に、イルカはぐっとつまってしまった。
「わかりましたよ。やりゃあいいんでしょやりゃあ!」
 イルカはやけになってベッドの上にどすんと仰向けになった。喜びに飛び上がったカカシはイルカにかぶさって熱烈なキスをしてきた。それはイルカが酸欠状態になって背中をどんどんと叩くまで続けられた。そのまま一気になだれこむのかと思いきや、身をはなしたカカシは部屋の隅でがさごこそとやりだす。ふらつく頭をおさえて上体を起こしたイルカの前で、カカシはセッティングを始めた。
 セッティング。脚立をたててホームビデオのセッティングを、始めた。
「えーとベッドがあそこだから、このあたりでいいか・・・。でもイルカ先生の顔がこれだとうまく撮れないかなー。う〜ん・・・」
「あの・・・・・・カカシさん・・・・・・」
 苦悩しつつ、カカシは本棚の裏の方から銀色に光る、レフバンというやつだろうか、そんな専門的なものまでとりだしている。
「これやっぱ使って・・・、でも位置はなあ」
 イルカは口元がひくひくとし始めているのを意識した。真っ白になりそうな頭の中をなんとか正気を保ったままにしておかなければならないと気を強くもつ。
「あの、カカシさん・・・」
「うーーーーーん。いざとなったら、これだな」
 カメラの前で腕を組んで考えていたカカシは、片手にハンディカメラを取り出した。うんうんと頷いている。
「よし! 決定」
「カカシさん。あなたは一体、何を撮影するつもりですか?」
 イルカは極上の笑顔を向けてカカシに問いただした。カカシはイルカに負けないくらいのいい顔をして、照れ笑いをしつつ首をかしげてみせる。
「ほら〜、今日やっても、また今度いつやれるかわからないじゃないですか〜。その間寂しくないように、俺たち二人の愛の営みを撮影しておいて、寂しい時はそれで我慢しようかなって。エヘ。俺って頭いい〜」
 カカシは頬を小娘のようにバラ色にして笑っている。
「カカシさん。俺もいい考えが浮かびました」
 えへ、とイルカもかわいらしく首をかしげた。
「なんですかなんですか? やっぱりカメラだけじゃなくて、写輪眼に記憶して俺もイルカ先生のすんごい寝技をマスターして影分身にでもやらせたほうがいいですかね?」
 カカシは真顔だった。すんごい寝技だと? そんなものがあればぎたんぎたんにしてやる。
 イルカは立ち上がるとカカシの前に来て深く90度に頭を下げた。
「今までありがとうございました。俺たちが別れればいいんですよ。それで問題解決です。俺って頭いい〜」
 イルカが踵を返すのとカカシが青ざめて土下座するのは同時だった。
「ごめんなさいー! 冗談ですー! 別れるなんて言わないでくださいー!」





 泣き出したカカシをなだめすかす為にイルカは一晩ついやした。
 結局そのままなしくずしに別れ話は消えて、イルカの恋人はカカシのまま。カカシのファンクラブも存続したままだ。最近ではこそこそするのが面倒になって、次回の定例会で暴露してしまおうとイルカは考えてる。