ファンクラブ






 晴れ渡った春の休日。
 木の葉の里で最大の規模を誇る木の葉さんさん公園の中の一画の芝生の広場では、二人の男が対峙していた。
 木の葉が誇るエリート上忍、ビンゴブックに載りまくりのはたけカカシ。
 かたやおかっぱ頭に真っ白の歯。存在だけで周囲の温度を5度は上昇させそうな熱い男、マイト・ガイ。
 永遠のライバル(ガイ曰く)の二人が向かい合っていた。
「で〜、今日の勝負は〜? 俺は忙しいんだからさっさと終わらせてくれよ〜」
「違うぞカカシ! 今日は勝負ではなーい!」
 ガイはバレリーナのように体を湾曲させるポーズで決める。
 カカシは猫背のままイチャパラから顔を上げて半眼のまま溜息をついた。
「じゃあなんなわけ」
「みんな、でてこーい!」
 ガイの雄叫びに呼応する声があがる。
 わらわらっと芝の上に現れたのは。
 ガイの後ろには愛弟子リーと、アカデミー教師イルカ。
 カカシの後ろには、10数人の上忍、中忍取り混ぜた美女たち。
 リーとイルカはガイそっくりの格好で、全身タイツにレッグウォーマーを付けて額当ては腰に巻いている。リーはもともとガイとそっくりの姿を普段からしているが、イルカはいつもは結わえている髪をおかっぱ頭にしていた。自前か、かつらかはわからない。
 対してカカシの後ろに控える美女たちは少し露出の多い体の線を強調した服に完璧なメイク。桃色のフェロモンが立ち上っているのが見えるようだ。
「・・・・・・なんなわけ」
「聞いて驚けカカシよ!」
 げんなりするカカシに反してガイは元気いっぱいくるりと回転した。
「このたび貴様と俺のファンクラブが発足した! 今日はそのお披露目。親睦会とやらだ! おおいに楽しめ!」
 わーっと声があがる。カカシが呆然として美女の波にもまれているうちに、あれよあれよと芝生の上にはピクニックシートが敷かれ、ガイとカカシを中心に据えて周りを他が取り囲む。とは言っても、カカシのほうに圧倒的に美女がおり、ガイの横にはリーとイルカしかいない。カカシは美女たちから、あーんといくつもの箸を差しだされ、ガイたち3人はそれぞれがおにぎりを頬張っていた。
「すがすがしい天気だな」
「オッス! まるでガイ先生のようです!」
 リーが握り拳ですかさず応えれば、負けじとイルカも手を挙げる。
「これからのファンクラブの活動に幸あれってことです。天も祝福しています!」
「おお! さすがイルカ先生。ナウいこと言いますね」
 イルカはガイのように親指をたてた。
「そうだろ! リーも見習え!」
「オッス!」
「ちょちょちょ、ちょっと、ガイ! なんなんだよファンクラブって。俺は聞いてないし認めてない!」
 美女たちをおしのけてカカシが乗り出してくる。そのカカシの剣幕に後方からはイヤ〜ン、素敵、と色つきの声がかかる。
「ん? そうか。事後報告になったな。すまん。この件はイルカから聞いてくれ」
 ごほん、と咳払いをしたイルカは、うやうやしく巻物をひとつ差しだしてきた。
「これ、会員の名簿です。お納め下さい」
「お納め下さいってアンタ・・・」
 カカシは不機嫌丸出しの顔でイルカを睨むが、イルカはぐいぐいと巻物を押しつけてくる。
「事後報告になったのは申し訳なく思います。でもこの1年近く木の葉の財政は危機的状況なんです。それを補填するために上忍のかたがたのファンクラブ設立を先日の木の葉の里会で議題にあげましたところ、あれよあれよと審議されて、案として里会を通過しましてね。試験的にカカシ先生とガイ先生で作ってみましたら、集まりましたよー。会員は本日いらした方の2倍はいます。すごいですね、人気者ですねカカシ先生」
 イルカは暗記した言葉を述べるように笑顔ですらすらと告げるが反してカカシの顔の厳しさが増していく。
「ガイのほうは2倍っても4人ですよ。集まってないじゃないですか」
「いえいえガイ先生は俺とリーの二人しかいません」
「カカシよ! 残念だがこの勝負はお前の勝ちだ!」
 カカシはガイに黙れと睨み付けてからさらにイルカに詰め寄った。
「なんですかそれは? 全然会費も集まらないじゃないですか!」
「いいんですよ。ガイ先生のファンクラブは営業抜きなんで。俺が全体の事務局長引き受けることになって、その特典として作らせてもらったものですから」
 おかっぱ頭のイルカはしれっと応える。
 なんとなくカカシは読めてきた。
「で、イルカ先生は・・・・」
「そうです! 俺はガイ先生のファンなので、ガイ先生のファンクラブ作らせて頂きました!」
 イルカは満面の笑顔だ。カカシはおもむろに立ち上がると、イルカの腕をとった。
「ちょっと、話があります。こっち来てください」
 有無を言わせずにカカシはイルカを引っ張っていった。




 芝生からかなり離れた。池に面した木陰でカカシはイルカをいささか乱暴に木に押しつけた。
「ちょっと、アンタ! なんでガイなんかのファンクラブに入るんですか? あんた俺の恋人でしょ? そりゃあ内緒だけど、どうせ入るなら俺のに入りなさいよ」
「やですよ。俺別にカカシ先生のファンじゃないし」
 カカシの頭には見えない重りがどこんと落ちた。
「じゃあ、俺より、ガイのほうが、いいって言うんですか?」
「比べられませんよ。そんな大人げないこと言わないでください」
「比べなさいよ! 俺のほうが絶対にかっこいいです!」
「えー? 断然ガイ先生ですよ。さわやかで青春で男気があって優しくて熱血で。つやつやの黒髪とか白い歯も素敵ですよ〜」
 カカシの心は地面にめりこみそうなほどの衝撃を受けた。
「あんた、じゃあどうして俺と付き合っているんですか・・・」
「ファンと恋人は違います。俺だってそのくらい現実と憧れの違いは弁えてますよ」
 カカシは痛恨の一撃を受けた!
「それじゃあ、ガイはイルカ先生にとっての憧れで、雲の上の人間で、俺はそこらをはいまわる虫のような一般ピーポーなんですか?」
「あはは。カカシ先生面白いこと言いますね」
 イルカは否定しない。
 暢気に笑うイルカの髪をカカシはぐしゃぐしゃとかきまわした。
「これ、これまさか自前じゃないでしょうね? 許しませんよおかっぱなんて!」
「ちょっと、やめてください! カツラですよ。本当は切りたかったけど、さすがにカカシ先生が嫌がると思って、やめました」
 ぴたりと動きを止めたカカシはぎゅうっとイルカを抱きしめた。
「よかったー。なんだ。やっぱり俺に愛があるじゃないですかあ。ねえ、今からでも、俺の方に入って下さいよ」
 小さなキスを顔中に降らせながらカカシは熱っぽく囁く。イルカは鬱陶しそうに首を振って逃れた。そこをすかさずフィットした全身タイツの股間のあたりを撫で上げたら、がつんと頭に拳骨が降ってきた。
「だから! 確かに俺はカカシ先生の恋人だけど、ファンじゃないんです! 会費けっこう高いのに、なーんでファンでもない人の為に払わなければならないんですか」
 情け容赦ないイルカの言葉にカカシはめげずに応戦した。
「イルカ先生はタダでいいじゃないですか」
「財政難だからファンクラブ作るのに、そんなの駄目です」
 イルカは呆れかえって肩を竦める。
 力の抜けたカカシはしゃがみこんで膝を抱えた。
「・・・ファンクラブって、なにするんですか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
 イルカの喜々とした声が恨めしい。
「まず、年に6回会報を作ります。プライベートショットや簡単な任務の際にはカメラマン同行させて戦ってる姿を撮らせたものを載せます。毎回テーマを決めてインタビューもします。内容は会員にアンケートとります。イメージビデオみたいなのや、生写真も売ります。グッズも考えてますが、俺たち忍なんでいつも身につけるものとして額宛ての布地の部分に名前入りのもの発売とか、カカシ先生は手甲つけてるんでそれも売ろうかなっと」
 イルカは嬉しそうに自分の腰に巻いた額宛てを見せた。そこには、木の葉のマークの両隣に、“ガイ命”と削って掘られている。
「イベントとしてはですね、今日みたいな感じでピクニックとか、あとお泊まり企画とか、デート企画とか。まあ、それぞれのクラブの会長の裁量によるんですが、俺はガイ先生と合宿企画をやろうかなって」
 イルカの嬉しそうな声が上から振ってくる。
 ガイの生写真、ガイのイメージビデオ、ガイとの合宿、ガイのグッズ・・・。軽く考えただけでげんなりしてくる。
 イルカとは半年くらい前から付き合っている。すごく好きになって一生懸命アタックして、OKが出た時は天にも昇る心地だった。じれったいくらいのステップをこなして、最近やっと体のお許しもでて、身も心も手に入れたと思っていたのに。
 厄介な人好きになっちゃったなあとカカシは泣けてきた。
「ちょっと、聞いてます? カカシ先生」
 イルカと付き合ってもこの先の苦労は目に見えている。まだ傷が浅いうちに別れちゃおうかなあ、でも別れ話にあっさり頷かれたらそれはそれでショックだ。頷きそうだし・・・・・・・。
「カカシ先生、そろそろ戻りますよ」
「うーん。どうしたもんかなあ・・・別れたほうが・・・・ってはい? なんですか?」
「みんなが待ってますから戻りますよ」
 イルカもしゃがみこんできた。ちっぴり目を潤ませたカカシを見て首をかしげる。
「どうしたんですか? ファンクラブ、そんなにイヤなんですか?」
 さすがのイルカも気遣いを見せる。残酷な恋人だが・・・。
 別れられるわけな〜いよっと。
「はいはい。しっかり稼ぎましょうね〜」
 イルカの顔がぱあっと輝く。
「その意気ですカカシ先生! じゃあそろそろ戻りましょう。これから頑張りましょうね」
 笑顔で頷き返しながら、カカシは腹の底から沸き上がってくる笑いをかみ殺すのに苦労していた。
 甘い。イルカは甘い!
 ファンクラブなど作ったらカカシは好奇の目にさらされてイルカとのことをフォーカスされるのは時間の問題だ。
 早く来い来いパパラッチ! なんなら自分からリークだ!
 どうせなら濡れ場でも撮らせよう。今日あたり早速イルカをあんあん言わせて準備するとしよう。
 しかしいきなり振り向いたイルカはにこやかに告げた。
「俺たちのことは内密なんで、活動が軌道にのるまでお預けですからね」
「えっ?」
「まあそのうちばれるかもしれませんが、いきなりはまずいですからね。ま、折りを見て」
「そそそ、それはいつですか?」
 カカシは青ざめて詰め寄ったが、イルカは首を傾げた。
「さあ。適当に」
 ガイせんせ〜いと飛ぶように駆けていくイルカがカカシの目にかすんで遠のいていった。