「そいつあ、すごいな」
「そうですよね。あの人おかしいんですよ。骨の髄まで変態なんです」
 激高するイルカの前でアスマはぷかりと煙草をふかしていた。
「もうほんとに信じられません。不法侵入するわ裸で布団にもぐりこむわ、ただの変態ですよ。変態上忍。アスマ先生もあの人との付き合いは考えたほうがいいと思いますよ」
「俺の布団に忍び込むことは天地がひっくり返ってもないと思うぜ」
 毎度おなじみのアカデミーの食堂で二人は昼食をとっていた。
 丁度昼時に任務の終了報告におとずれたアスマをイルカが昼に誘った。カカシの変態ぶりを訴えたくて仕方なかったのだ。三日前に叩きだしたカカシはイルカにしつこく詫びを入れてくるがイルカはがんとして無視し続けていた。
「しかしお前の布団に忍びこむあいつもアホだがそれに全く気づかないお前も同じくらいアホだな」
「俺のことはいいんです! もうやめますあの人との付き合いは!」
 イルカは怒りにまかせてがつがつとカツ丼をかっこんだ。
 今思い返してもはらわたが煮えくりかえる。カカシのせいでまるで自分は変態みたいじゃないか。カカシが逃げ帰ってから下肢を確認したらしっかり夢精をしていて情けなさに拍車がかかった。やらしい夢を見て夢精だなどと、十代のガキじゃあるまいし。しかもその夢の相手が男であるカカシ。穴があったら入りたい。
「だいたいあの人俺が叫んで起きても目覚まさないんですよ? あれじゃいくさ場でやられますよ。長くないですね」
 いっそ死んでしまえという気持ちでイルカは吐き捨てた。だがアスマはイルカの鼻先に煙を吹きかけてきた。
「カカシはほんとにいかれちまっているな」
「今更ですよそんなの」
「お前にいかれてるってこったよ」
「は?」
 ぽろっとイルカは口に入れようとしたかつをテーブルに落としていた。それをアスマはつまんでさっさと口に放り込む。最後まで残しておいた一番おいしい部分だ。それを咀嚼しながらアスマは頷いた。
「普通に考えてみろよ。気配に敏感なはずの忍が無防備に隣で眠ることができる相手なんてそうそういないだろ。カカシの馬鹿はそれだけお前のことは信用しているし、お前になら寝首をかかれてもいいってこった。いかれてるだろ充分」
 アスマは呆れたように肩を竦めてみせた。

 

「イルカ先生。カカシ先生泣いているってばよ」
 やっぱりな、とイルカは頷いた。
 何がやっぱりかというと、夕方のアカデミーの職員室でのこと。授業も終わり一時のお茶の時間に何人かでソファに座って談笑していた。その時に仲の良い同僚がイルカのつるつるの頬を両手ではさんですりすりしたのだ。なんということはない距離感なのだが、その時、不穏な気配が戸の向こうからした。固まった中忍連中がぎこちなく首を巡らせれば、戸の隙間から覗く胡乱な片目。かりかりと指先で戸をかいて、恨めしそうに見ていた。
 動きのとれない同僚たちのかわりにイルカは立ち上がり、戸に近づいた。
「イルカ先生」
 ほころんだカカシの顔の前でばしんと戸を閉めた。そのまま施錠してイルカはにこやかに皆の元に戻った。
 カカシが去っていく気配は感じ取れたが何も考えないようにその後仕事をこなした。
 まさかナルトを使うとは思わなかったが、いいかげんカカシが何かアクションをおこすだろうとは思っていた。
 風呂に入ってほかほかになったナルトは冷たい牛乳を飲みながらイルカに告げたのだ。
 子供にまで心配されて、カカシは情けなくはないのだろうか。だがアスマに言わせればそれほどにカカシはイルカに気持ちを傾けているということか。
 数日前にアスマに何気なく言われたことがイルカにはショックだった。なんというか衝撃を受けた。
 前々から思ってはいたが、一体自分のなにがカカシをそんなに引きつけたのかわからない。つるつる肌がいいというだけなら、そんなものは女性を相手にすればいいことだ。念のためアスマに確認してみたが、別にカカシは男が好きだという性癖の持ち主ではないとのこと。それが、イルカに執着しているのだから、これは本当に、イルカのことが好きだということなのだろう。
 だから。もういいかげん、イルカも腹をくくらなければならないのかもしれない。
 カカシが好きか? と聞かれれば、それは複雑な色合いを交えつつも頷く以外はない。
「なあ、イルカ先生はカカシ先生のこと嫌いなのか?」
「まさか。好きだぞ」
「じゃあさ、じゃあさ」
 ナルトはにししと笑って身を乗り出してきた。
「俺と一緒にチョコ買いにいこうってばよ」
「チョコ?」
「もうすぐバレンタインだったばよ!」
「・・・・・・それは女の人が男にチョコを渡す日じゃねえのか?」
「っかだなーイルカ先生」
 ナルトは鼻を鳴らす。
「好きな人に好きだって言う日なんだからな。どっちがどっちに渡してもいーんだってばよ」
 ナルトは言い切った。いっそすがすがしいほどに。
 そのすがすがしさにイルカの惑いも一瞬にして晴れた。
 そうだ。きっかけが必要だ。こうなったら、イベントに紛れてカカシに告げてしまおう。

 好きな気がする、と・・・。


 木の葉デパートの地下特設売り場には老いも若きも交え、ひしめく女性たちがあふれかえっていた。
 ありとあらゆる種類のチョコがいくつかのワゴンの中に別れてつまれ、皆真剣に吟味していた。
 イルカとナルトは意気揚々と出向いてきた。二人供が似たもの師弟。バレンタインのチョコなんてものとは縁遠い生活を送ってきた。きらびやかな売り場に、男二人でふらふらと近づいていった。
 ほのかに香る女性のいい香りに鼻をうごめかしつつ、チョコの山を探った。
 ナルトはサクラに渡すという。勿論イルカはカカシの為に買うのだが、いかんせんカカシが甘いものが好きなのかどうかもわからない。そうすると無難にビターチョコのほうがいいのだろうか。しかしもし究極の甘いもの好きであれば極甘なほうが喜ぶだろう。なんのかんのと言っても気配り人間イルカは懸命に選んでいた。
「イルカ先生。味見だってばよ!」
 ナルトが袖を引っ張る。顔を上げれば、売り場の一画に何人かの売り子たちが立って、にこやかに試食用のチョコを勧めていた。近づいた男二人に売り子の女の子は気持ち引きつった顔をしたが、商売商売と笑顔を取り戻し、どうぞー、と勧めてくれた。
 おぼんには指で摘める小さなチョコが並んでいた。二人同時に適当なものを摘んで、ぱくりと食べた。
「・・・・・」
 顔を見合わせた二人は同じように頬を紅潮させて、
「うんめぇ〜!!」
 と声をあげた。

 

 とうとうバレンタイン当日がやってきた。
 その日は土曜日。イルカは朝の一限だけ授業がはいっており、職員室に顔をだせば同僚の女性陣から義理チョコとやらをいくつかもらった。
 よし、と気合い充分、イルカは鞄の中にチョコを入れて、上忍控え室に向かった。
 カカシとは不法侵入された日に叩きだしてから一度も口はきいていない。イルカとしてもこれ以上長引かせるのはよくないと、若干緊張のおももちで歩いていた。
 廊下の角を曲がると、タイミングがいいことに猫背のカカシが暗い表情で歩いてくるではないか。しかも人通りはない。今だ! と思ったイルカは足を早めた。
「カ、カカシ先生」
 鞄からチョコの包みを取り出しながら幾分うわずった気持ちのままイルカは進んだ。
 結局選んだのは‘イルカ’が小さなハートを抱えているチョコ。一口サイズで三ついり。味もまろやかで濃厚で、生涯最高の数のチョコを食した日に選んだのだ。カカシは喜んでくれるはずだ、と意気込んだイルカが笑顔で顔を上げれば、カカシはこわばった表情のまま雄叫びをあげた。
「イ、イルカ先生〜〜〜〜〜!!」
 いきなり、両手で頬を挟み込まれる。血走った片目は見開かれている。
「どうしたんですかこのほっぺたはあああああああ」
「は?」
「は、じゃないですよ! 玉のお肌が! なんですかこのにきびというか吹き出物というか! ああ〜!! つるつるのお肌が! イルカ先生のきれいな肌がっ」
 カカシの剣幕におされて、鞄の中につっこんだイルカの手はそのまま固まっていた。カカシはイルカの額宛ても外して検分しはじめる。
「わあっ! 額にもニキビが! 駄目ですよ、ボア付きの額宛てなんてしたらむれちゃうじゃないですか! 薬は、塗ったんですか? 俺いい薬師知っているんで、薬、もらってきます。いやそれより一緒に行きましょう。ね!」
「カカシ先生、ちょ、ちょっと待って・・・」
 ぐいぐいと手を引いて歩き出そうとするカカシを止めてイルカは鞄の中からなんとか包みを取り出す。
「俺、渡したいものが」
「そんなのあとです! イルカ先生の大事な肌の治療が先です」
「それこそ後でいいですから!」
「駄目です! 肌のほうが大事です。イルカ先生のつるつるもちもちまっちろ肌は貴重なんです」
 言い切ったカカシにイルカは切れた。
「てめえは肌さえよければいーのかよっ!?」
 怒鳴りつけるやいなや、きょとんと間抜け面をさらしたカカシの口に、包みごとチョコをつっこんでやった。
「むごっ!」
 乱暴に手を払って、イルカは怒鳴りつけた。
「あんたなんか大嫌いだーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 イルカは、それなりに浮かれていたのだ。
 チョコを選んで買って、自宅に持ち帰って冷蔵庫に保管した。冷蔵庫を開けるたび目につく包みが幸せな気持ちにしてくれた。
 カカシはイルカを悩ませるような奇行を仕掛けてくるが、向けてくる眼差しは温かで、優しくて、確かに愛情というものを感じ取れる。カカシときちんと恋人になって付き合いを始めてみることに喜びさえ感じ始めていたというのに・・・。
「何がつるつる肌だー!」
 チョコを買いに行った日、甘い甘い沢山のチョコに夢中になって試食してしまった。翌日効果てきめんでニキビやらを吹き出させていたが、イルカは全く気にもとめていなかった。
 それなのにカカシときたら。
 結局はイルカの肌が目当てだったのかと悲しくなる。
 イルカはもう好きになってしまっているのに、カカシには気持ちがないというのなら、未練を残さず男らしく終わらせてやる。
 カカシの元を走り去ってから、イルカはとある場所へと全力疾走した。

 

「たのも〜!」
 バレンタインの夜。イルカはカカシの自宅玄関前で呼びかけた。
「イルカ先生!」
 せっぱ詰まったカカシの声と勢いよく開いたドア。
 目の前に立つイルカにカカシは固まった。





下に続く!