「サックラちゃ〜ん。チョコ! 受け取って」
 イルカと吟味して買ったチョコをナルトはずいと差しだした。イルカと共に試食してそれで足らずに自分たち用に買い込んで食べまくってしまったためにナルトの顔もニキビを溢れさせていた。
「なによ、これ」
 サクラは引きつった顔で一歩身を引く。
「なにってチョコだってばよ」
「だからなんでナルトがあたしにチョコを渡すのかって聞いてるの」
「え〜? だって俺サクラちゃんのこと好きだってばよ。だからチョコ」
 どんなもんだ、と得意げに胸を張ったナルトだったが、俯いたサクラがかすかに震えている様子に慌てる。
「サクラちゃん、どうしたんだよ? 腹でも痛いのか?」
 ナルトは手を伸ばそうとしたが、その手をばしりとはねられる。ぎらりと眼光鋭く睨みつけられ、次の瞬間にはナルトは吹っ飛ばされていた。
「このすっとこどっこいー!」



 わけもわからずサクラに殴られたナルトはさすがにふて腐れて河原に寝ころんでいた。
「なんだってばよ。サクラちゃんの馬鹿」
 ぐしゃりとつぶれてしまったチョコを腹の上に載せてナルトは頬を膨らませていた。
 2月にしては比較的に温かな日なのだがナルトの心には風が吹いていた。
「イルカ先生は渡せたかなー……」
 なんとなく呟いた。そこにいきなりぬうと影が落ちる。
「おい、ウスラトンカチ」
 サスケだった。
「なんだよサスケ。なんか用か」
 日頃はいつだってむくむくと膨れあがるサスケへの反発心だが、さすがにサクラに打ちのめされた今日はそんな元気も出ない。
 サスケの顔は日の影になって表情が見えない。無言でナルトのことを見つめていたが、意外なことに隣に腰を落ろした。
「なんだよ」
「なんでもねえよ」
 そのままサスケは黙ったままで、それでもなぜかナルトの隣にいる。
 普段は口を開けばいがみあっているから、互いに何も言わずにいることに背中がむずむずしてきた。
「チョコ……」
 黙っていることに耐えられなくなったナルトは今一番触れたくないはずの話題をつい選んでしまっていた。
 そのままサスケが返事をしてくれなければよかったのに、律儀に反応してきた。
「チョコ? チョコがなんだ?」
「だからあ!」
 起きあがったナルトは半ばやけくそでわざと大きな声を出した。
「サクラちゃんから、チョコ、もらったんだろ」
「もらってねー」
 即答だった。驚いたのはナルトだ。だが先ほどのサクラの様子から、首尾良くいったわけではなかったかと、今更思い至った。
「なんで? だって、サクラちゃん、持ってきただろ?」
「さあな。知らねー」
 サスケのこたえはそっけない。無表情なサスケにナルトは詰め寄っていた。
「なんで、もらってやらねんだよ。ぜってえサクラちゃん持ってきてたってばよ」
「知るか。サクラが持ってきてたかどうかなんてなんでお前にわかるんだよ」
「わかる! だって今日はバレンタインだから、好きな人に、チョコ渡す日だってばよ」
 サスケにつかみかかろうとしたナルトだったがしゅん、とうなだれる。
 サクラのことが好きだから、ただチョコを渡したかった。それを理由もわからずにサクラに殴られて憤っていたが、サクラもサスケにチョコを受け取ってもらえずに、落ち込んでいたのだとしたら、と思うと、脳天気な自分自身に腹がたった。
 はあとため息をついたナルトは再びごろんと横になった。
「あっち行けよ。ばかサスケ」
 サスケが悪いわけではないのだろうが、今はサスケの顔を見ていたくなかった。
 サスケはさっさと立ち去るだろうと思っていたのだが、頭にぽこりと当たるものがあった。
 振り向けば、小さな、掌に載るような真四角のチョコが落ちていた。
「サスケ……?」
 視線で問いかけるナルトに何も言わずに、サスケはナルトがサクラの為に買ったチョコを拾う。白い包みの中には花の形をしたストロベリー風味の平べったいチョコが入っている。不器用に結ばれた赤いリボンはナルトが巻いたものだった。サクラから殴られた際の衝撃で曲がってしまっている。
 サスケは何も言わずに、チョコを持って行ってしまった。
 ナルトのそばには、小さなチョコが残されていた。





 なんてことがあったなあと不意に思い出す。
 いきなり笑い出したナルトにサイは首をかしげた。
「ナルト君? どうかしましたか?」
 任務の途中だった。新しくチームに加わったサイとは一悶着あったが仲間ということで落ち着いた。
 サイとの友好をはかるために簡単と言ってもいい届け物の任務が二人に与えられていた。
 樹上を風のように渡りながらナルトは思い出に心が温かくなる。
「なあサイ。バレンタインって知ってるか?」
 あの時の投げられたチョコはなんだったのだろう。ナルトが持っていたチョコを持っていったサスケの真意はどこにあったのだろう。あの時のことをサスケはその後何も言わなかった。
 ナルトも、何も口にしなかった。
「バレンタインぐらい僕だって知ってますよ」
 とん、と地上に降り立った。目の前に開けた木の葉の自然にナルトはほっと息をつく。あの冬のように今年も温かく、春の足音がすぐそこに聞こえるような気がした。
「ホントかよ〜?」
 サイがいささかむっとして言い切るから、ナルトはついからかいたくなる。
「ってことはさ、サイは好きな子からチョコ貰ったことあるのか?」
「ないよ」
「だよな〜。お前何考えてるかわっかんねーからなー」
 にしし、とナルトが笑うと、サイはふっと柔らかな笑顔を見せた。作り笑いではない、本当の、笑顔を。
「これ、ナルト君に」
 いきなりサイはポーチから取りだしたものをナルトの手に落とした。
 そこには、小さな四角いチョコ。掌に載るサイズの、チョコ。あの時と同じ、全く同じチョコだった。
「サイ、これって」
 ナルトが顔を上げると、サイの笑顔は更に深くなった。
「バレンタイン。好きな人に、チョコをあげる日だから」
 出会ったばかりの頃からは想像がつかなかったサイの優しく満たされた表情に、ナルトの頬もゆるむ。
「サンキュー。だよな。やっぱバレンタインって、好きな奴にチョコ渡す日だよな」
 ぎゅっとチョコを握りしめる。
 サスケ。
 今こそサスケに、ありったけの思いをこめて渡したい。
 言葉なんかなくても。