愛はたまご 2
セーエキ飲ませろと育ての親に迫ったことがあるかと聞いたら、二人共に、けっと鼻で笑われた。
ばっかじゃないの、と先に反応したのはシイナだった。とんでもなく整った顔立ちの勝ち気な美人は、手入れの行き届いた長い髪をさらりと揺らして頬杖着いた。
「言うわけないでしょ、変態じゃないんだから」
タスクもそうだど同意する。
「だよな。つーか俺らの育ての親ってどっちも女じゃん。カカシの場合特殊だからな」
「そうか。そうだよな」
あの夜からすでに十日は経つ。任務に出てしまったカカシに謝る機会を逃したままずるずると経過する日々にイルカは焦れた。そこで、カカシのたまご仲間であるシイナとタスクを、人があまりいないアカデミーの教員食堂で呼び止めたのだ。もう一人、ランというたまご仲間もいるが、すでに忍者の世界からは退いて、まだアカデミー生くらいの子供でもある。いくらたまご生まれとは言え、ランに聞かせていい話ではないと、二人だけに話すことにしたのだ。
単刀直入、ずばりと切り込めば、あっけなく返り討ちにあった。
がくりとイルカの肩は落ちた。そんな気はしていたのだ。最初に火影も言っていたではないか。たまごはくの一のもとで育つと。それがセーエキ飲ませろなどという台詞を言うわけがない。
だが、ある程度は予測していた二人の答えだ。イルカはめげない。ぐっと顔を上げて、更に質問を重ねようとしたが、タスクに遮られた。
「つーかさ、なんでイルカはいきなりそんなこと聞いてくるわけ? 今更カカシにセーエキ飲ませろって迫られた? 迫られなくてもとっくに飲んでいるんだろ?」
タスクがとんでもないことを言うから、イルカはかあっとなって言い返した。
「何を言う! カカシと俺は清廉潔白。はっきり言って仲のいい同僚ってところだ。帰ってきた当初はちょっとくらい迫られたが、それも今となっては思い出だ!」
胸を張って言い切れば、シイナとタスクは呆れたため息をついた。
「カカシって、不憫ね」
「趣味悪いよな」
ぶつぶつと二人は何か言っているが、とにかく話を進めなければ。
「まあ、過去は過去ってことなんだけど、けど、な……」
不信感まるだしの二人の視線を受け止めて、ごほんとわざとらしく咳払いした。
「俺、カカシにセーエキ飲ませてねえから、それでよかったのかって引っかかるんだよ。つーか気になるんだよ! あれはいったいなんだったんだってな! よかったのか? それでカカシは大丈夫なのか?」
成体になっているカカシだが、本当はセーエキを飲んでいないから、しのび卵としてまだ不安定な部分があったりするのではないかと思うのだ。だからこの間の夜もいきなり気分を害してしまったのではないか?
「もしかして、お前らがカカシよりも小さいのに成体になってしっかりしているのはきちんとした人に育てて貰ったからじゃねえかって思ったりするんだよ。俺は至らないことばっかりでさ」
イルカの気弱な発言に、シイナとタスクは顔を寄せ合ってひそひそとなにやら話している。
「別にあたしたち普通のもの食べて育っただけよね」
「たまごは個人差が激しいってなんで理解しねえかな」
「カカシとは、さ」
己の思考に深く沈んでいるイルカは語り続ける。
「あいつの成長過程で必要だったから、寝た、こともある。けど、今は清らかな関係だ。カカシも、そろそろ独り立ちしねえとな。正直、寂しいけどな」
「成長過程で必要ってなんでそんなことイルカ先生が知っているのよ」
シイナに反論されて、イルカは腕を組んで考える。
「いや、だってさ、そう考えるのが自然と言うか、なんというか……」
そういうわけのわからない要求がなければイルカなどと寝たいわけがないではないか。イルカが言いよどむと、シイナはため息を落とす。
「もしそうなら、たまご生まれはみーんな育ての親と寝ないといけないじゃない。どうすんのよ。あたしの親のあの子はまだまだお子様だし、タスクの親はもう干上がっている豪快なおばちゃんだし、ランの親は、そうね、まだ若いほうよね。でもランがガキだし」
シイナに並べ立てられ、ごもっともなご意見にイルカは己の浅はかさを嗤う。たまご生まれはいろいろだ。ひとくくりで言えることではないのだった。
「育ての親が大事だって気持ちは多分同じだと思うけど、それもストレートなものばかりじゃないのよね。お互い、葛藤があるのよ」
ね、とシイナとが視線を流せば、タスクも肩をすくめる。
それは、そうだろう。イルカとて、最初はやっかいごとをおわされたと思ってカカシのことが嫌で嫌で仕方なかった。それが、紆余曲折を経て、カカシと共に成長できた。
「俺だって、今はカカシのことがかわいいし、幸せになって欲しいって思うぞ」
「幸せにね……」
「充分幸せそうだけどな、あいつは」
イルカのことをじっと見つめて何か考えていた二人が、示し合わせたように、ちらりと視線をかわして、頷いた。
「わかった。それならひとつ提案があるんだけど」
「なんだ? どんなアドバイスだ?」
藁にもすがる思いでイルカは身を乗り出す。
「やっぱりね、イルカの言うとおり、アレを飲ませるのがいいと思うのよ」
「……」
「実はね、あたしカカシから相談受けたことがあるのよ。アレを飲んでいないから、情緒不安定なところがあるし、たまご生まれの宿命の殺人衝動が、収まりきらないって。このままだと、下忍を連れた任務の時に爆発してしまうかもしれないって……」
意味深に声を潜めてシイナは語る。イルカは青ざめて事の真意をただそうとタスクに視線を向ければ、タスクは大きく頷いた。
「ああ。間違いない。俺も聞いたことがある。殺人衝動を抑えるのが大変だって」
「た、大変じゃねえか!」
イルカは大きく音をたててイスから立ち上がる。
「そんなことになったら、カカシだけじゃなくて、ナルト達や、周りの人間にも迷惑かけちまう」
「でしょ? それがセーエキひとつでなんとかなるんだから、安いもんじゃない」
「わかった! 俺、カカシにセーエキ渡して、あいつのこと、完璧な体にしてやる」
「そうよ。それでこそ親ってものよ」
「カカシはいい奴に育てられたよな」
シイナとタスクの励ましに力を得て、イルカは決意した。
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「て言うかさ、突っ込みどころ満載の嘘だよな」
「あまりに嘘くさいから逆に嘘に思えないのよ」
「そうか? あいつが単純というか、お馬鹿なだけじゃねえの?」
「そうとも言うかもね」
「つーかそれしかねえだろ」
「いいのよ。そろそろカカシも本当に完璧に幸せになってもいいでしょ」
「だな」
イルカが去った後の食堂で、タスクとシイナがひっそりとかわしていた会話を、もちろんイルカは知らない。
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