愛はたまご 1




 カカシと感動?の再会を果たして、あっという間に一年が経とうとしていた。

 この一年カカシは上忍師をしつつ高度な任務もこなしてと、それなりに忙しくしていた。
 戻ってきた当初カカシはイルカとの生活を望んだが、イルカは了承しなかった。カカシのことが嫌なわけではない。だがけじめのないことが嫌だったのだ。
 一緒に住むことは拒んだイルカだが、カカシにはいつだって家のドアを開けている気持ちでいた。だがカカシはいつしか節度を持ってイルカに接するようになり、過剰な接触は決してしなくなった。
 カカシのイルカへの感情は、たまごから孵った成長過程で必要だった一過性のもので、子供が親を求めるようなものに過ぎなかったのかもしれない。
 正直少し寂しさがある。だが、カカシは大人になったのだ。子供は成長するものだ。それでいい。
 そう。よかったはずなのだが。
 最近イルカの中で沸き上がって、どうにも去ってくれない物思いがある。

 肝心なことを忘れていないか?
 いや、そのことは忘れてしまった方がいいのかもしれないが、結局、なんだったというのだ、と考え出したら捕らわれた。

 カカシは、結局イルカのセーエキを飲んだのだろうか。

 

 

 

 

 

 戻ってきたカカシと体の関係を結んだことは一度もない。小さな頃、猫だった頃、カカシはイルカに好きだ好きだと連呼した。戻ってきたカカシに最初は迫られたようなこともあったが、イルカが思いきり拒否を続けていると、いつの間にかカカシは色めいたことは言わなくなった。
「イルカ先生。俺の顔になにかついてる?」
 久しぶりにカカシとさしで飲んていた。イルカはともかくめっきり忙しいカカシはなかなか時間をとることができずに、今夜はオフだからと、数週間ぶりに受付所にいそいそとやって来たのだ。
 適度なざわめきが心地いい居酒屋のボックス席で、まずはナルトたちを連れての任務の話を聞く、三人の成長が垣間見えてほっとする。それで気がゆるむと、話を聞きつつ飲みながらじっとカカシの顔を見ていた。
 たまごから孵った途端の幼児の頃から整った顔をしていたカカシだが、完全に成人した今はかなりのいい男になっている。普段は右目の周囲しか風貌が確認できない姿だが、イルカと二人きりの時はもちろん素顔をみせる。引き締まった顔の線はりりしさを感じさせ、下がり気味の目は優しい。うすい口もとはきゅっと口角が上がり、笑うと小さなえくぼができた。
「おっまえホントにいい男になったよなあ。まっさかこんないい男になったカカシと酒を酌み交わす日がくるとは思わなかったって思ってさ」
 しみじみと口にすればカカシはひっそりと笑った
「そうだね。ガキの頃は俺とんでもない奴だったからね。こんな平和に過ごせる時がくるなんて、夢みたいだよ。そばには、イルカ先生がいるしね」
 すっかり大人の余裕で気の利いた会話でなんなく応対するカカシ。
 セーエキ、なんて言っていた頃が嘘みたいだ。
 カカシにとっては抹殺したい過去のことなのかもしれない。そう思うと心のどこかがちょっぴり痛い。そんな気持ちを払拭しようと、イルカはがんがんに酒を飲んだ。

 

 

 

 ごちそうさんと声をかけて店を出たのは閉店に近い時間だった。足下が少しふらつくが、明日は休みだ。千鳥足で帰るのもまた一興と歩き出す。
 吹き抜ける風は昼間にためた緑の香りを運んで心地よく、イルカはぼうっとする頭でうっとりと目を細めた。
「イルカ先生。ふらふらしてるよ。ほら、つかまって」
 後ろからの声。カカシが二の腕のあたりをつかんで、導いてくれる。酒の香と、カカシの、匂い。ぼうっとなっていたイルカは、ついついカカシの首筋に鼻を近づけて、ふんふんとかいでしまった。
「ちょっ、と。イルカ先生?」
「なんだよ〜。よけるなよ〜。俺とお前の仲じゃねえかよ」
 カカシが嫌がるからイルカはむきになる。
「お前のこと育ててさ、一緒に風呂だって入ったし、寝たし、俺はなーんでも知ってるんだからなあ」
 じっと顔を近づけて、酔っぱらっているせいで少しぼやける目をこらしてカカシのことを検分しようとしたのに、いきなりカカシに両肩を押されて、身を引かれた。
 思ったよりも強い力に、イルカは顔をあげる、カカシは俯いて、なぜか辛そうに顔を歪めているではないか。
「え? あれ? どした、カカシ。怖い顔してるぞ」
 イルカの肩をおさえたまま、じっと、見つめてくる。ものすごく真面目な顔をして。
 人通りのあまりない裏通りの道で、なぜか二人は見つめあう。正確に言えば、イルカはわけがわからずにカカシの視線を受け止めていた。
「カカシ……?」
 沈黙に耐えきれずに敢えて明るい声で呼びかけたのに、カカシは小さく息を吐き出して、苦笑した。
「ごめん。なんでもないよ。おやすみなさい。気を付けて帰ってね」
 それだけ素早く告げたカカシは、イルカに何か喋らせる間も与えずに、去ってしまった。
 すっかり酔いが冷めた。わけがわからないが、カカシの気分を害したことはわかる。
 さすがにイルカも自分が自分で思っている以上にデリカシーのない人間だと最近は自覚があるから、とにかくわけがわからないながらも、明日にでも謝ろうと決めた。

 

 

 

 決めたのだが、翌日からカカシに会えなくなった。




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