■日曜日






「だからありえねええっつーーーーーーの!」
 叫んで立ち上がったイルカは手当たり次第に積み上げられた本を投げつける。
「こんな行き当たりばったりな展開おかしいでしょうが! というより根本的に俺とカカシ先生がって設定が間違っているでしょう!」
 イルカは投げるものがなくなると、だんだん! とテーブルに拳を打ち付ける。
「だいたい、カカシ先生には俺じゃなくて、サスケとかナルトとか、アスマ先生とか、そういうカ、カップル、リング? あるんでしょ!? でもってカカシ先生は、受……」
「あー、そのくらいにしてね。これ『カカイル』だから」
 冷静に止められて、ついでに呆れたように肩をすくめられて、イルカはさすがに己の取り乱しっぷりを反省する。
 昨日ツナデに任務だと呼ばれて明日集合しろといわれた場所に行けば、部屋には先客のカカシがいた。最近目にしなかったなと会釈をして、任務の説明を受けたのだ。
 なにやらツナデとシズネの様子がよそよそしかった理由がやっとわかる。説明を終えると二人は逃げるようにして出ていってしまった。
 これを読んでおくように、と言い置かれて一週間におよぶ任務の全貌を知った。
「まあ、そんなかりかりしないで。任務でしょ」
「わー。設定の『カカシ』と同じこと言ってる」
「それを言うならイルカ先生だって台本通りの『イルカ』じゃない」
 互いに目を見交わして、ふうと息をつく。カカシは小さく笑った。
「そりゃあそうですよね。これ、俺たちをモデルにした話なんですからね。女性の妄想力ってのはすごいですね。感心しちゃいますよ」
「俺は呆れますよ。どーしてこんなの書いて読んでうはうは喜ぶんですか!」
「幅広〜い年齢層がいるそうですよ。ま、萌えに年は関係ないってことです」
 余裕で語るカカシをイルカは不審の目で見た。
「ずいぶん理解がありますね……」
「え? だって結構面白いですよ? なかなかBLって奥が深いんですよね。そりゃあエッチシーンは大事だし実際それに比重が多い話もありますけど、きちんと細部の設定を細かく書いてくれてるのも多いから、ちゃんと生きた人間がそこにいるんですよ。BLってカテゴリーにいれちゃうのが悪いのかなあ。権威のある文芸賞とってもおかしくなさそうなのもあるんですよね〜。や、実際普通の純文学ってつまんないの多いじゃないですか。それにBLが読める読者は偏見がないってことでしょ? 読書の幅が広がります。どうしょうもないエロ話も多いけど、読める本が多ければいい作品にあたる確立も高くなるってもんです。それを男同士の恋愛ってことで気持ち悪いって頭から決めつけて読めない人はもったいないと思うんですよね〜」
 とうとうと語るカカシに圧倒されてイルカは大人しく拝聴した。
 しかし『びーえる』の意味がわからないからカカシが残念そうにため息をつくのにはイマイチ同調できなかったが、イルカなりに思うことを言ってみた。
「俺的に疑問なのは、『おなごイルカ』ってなんですか? 俺を先天的に女にしてカカシ先生と恋愛させたらそれって普通の男女間の恋愛ですよね。男同士って設定に意味があるのが『びーえる』なんじゃないですか? それに『おなごイルカ』ってかなりエロいです。ただエロいのが読みたいんですかね」
「そのへんは俺もよくわからないですね〜。でも確かに男同士ってことに意味があるのかなあと俺も思いますから、女体化はオッケーですが先天的なのは俺もダメですね」
「ですよねー」
 意見の一致で和む空気にイルカははっとなる。和んでいる場合ではない。
「あのーカカシ先生。それで、今回の任務ですが、俺には、はっきり無理です」
「そうすると俺はここで『「ダメですよイルカ先生。俺たち忍者にとって任務は絶対です。一度受けたからには任務は遂行します」』って言わないといけないわけですか?」
「そんな台詞はいりません! なーんで俺がポルノにでないといけないんですか。冗談じゃないっ。忍だってね、任務を選ぶ権利があります。俺は上司の無謀な要求には屈しません。断固闘います!」
 ふん、と鼻息荒く告げたが、カカシにぷっと小さく笑われた。
「ポルノって古っ。AVって言ってよ」
「え、エーブイだああ? もっと悪いわっ」
「でもねえイルカ先生。五代目はもう任務受けちゃったんです」
「は!?」
 誇張ではなくて、イルカは飛び上がった。
 ぱらぱらと脚本をめくっているカカシにずいっと近寄る。
「うそ!? うそうそうそ! うそだ!」
「ホント。しかもかなりの高額報酬の任務なんです。この脚本じゃないけど、もし断ったらイルカ先生の給金三年くらいなくなるかもしれない。もしかしたら危険な任務に連続で出なければならないかもしれない」
 顔をあげたカカシは嫌みなくらいにきれいな顔で微笑む。イルカはくらりと目眩を覚えてよろよろとイスに寄りかかる。
 任務を受けた……。
 すると、イルカは……。
 最後にはなしくずしに、カカシに、犯られて、しまう……?
「無理〜〜〜〜〜〜!!」
 ざざっと鳥肌が全身をかけめぐり、イルカは己を抱きしめてぶるぶると震える。
「俺、俺こうなったら、里抜けします! 抜け忍になります!」
「そうくると思った。でもね、イルカ先生レベルじゃあ、里の中で上忍につかまってジエンドだよ」
「それでも逃げる〜〜〜」
「だから無理だって]
 はは、と軽く笑われて、イルカは憤慨する。
「ちょっと、カカシ先生! あなたなんでそんなに落ち着いているんですか? 俺と、くんずほぐれつしないといけないんですよ? 俺もやだけどカカシ先生だって嫌でしょう?」
「ん〜? 俺は別に。イルカ先生と違って、心広いから」
「心広い? つーかただの変態じゃないですか!」
 イルカが唾をとばさんばかりに喚いてもカカシはのらりくらりとかわす。
「なにごとも経験ですよ、イルカ先生」
「そんな経験いりません」
「まったく頑固っていうか、鈍感というか……」
「何か言いましたか?」
「うん。だからね、これ、用意したから」
 笑顔ですっと差し出された三枚のカード。
「? なんですかそれ」
 胡散臭げに聞いたイルカにカカシは笑顔を深くした。
「『任務遂行』『違約金払って借金地獄』『抜け忍になろうとして失敗して俺に捕まる』そして最後は……」
 カカシはもう一枚カードを加えた。
「『俺と本当の恋人になってみる?』」
 そう言ってカカシは綺麗にウインクを決めるのだった。



 どうするイルカ!?

 

 

 

おしまい