■木曜日






「アナタニフレラレルトイツカラカカラダガフルエタ」
「俺は、いつだって怖かった」
「ワカッテマスアナタガオレノコトヲドレダケイツクシムヨウニシテフレテクレノタカ」
「馬鹿なことをしたと思う。それでもあなたが、欲しかった」
 ―カカシの頬に、一筋の涙が伝う。イルカ、手を伸ばしてそっとカカシの涙を拭う。
「ナカナイデオレモワルカッタズットアナタノキモチニキズコウトシナカッタ」
 ―イルカの優しい微笑みにカカシ、目を見開く。
「俺を、許してくれるんですか?」
「ユルスモナニモ……」



「カ〜ット!」
 その声に緊張の糸がぷつりと切れる。
 イルカは途端にその場にへたりこんだ。
「ちょーっとちょっとイルカちゃ〜ん。なんなのその棒読みはあ。学芸会の子供だってもう少しうまく演技できるわよ。機械じゃないんだから少しは感情込めてよね〜」
 サングラスに禿頭、真っ黒に日焼けした胡散臭い監督はプラスチック製のメガホンを傍らのテーブルに打ち付けてイルカに文句を付ける。
「カカシちゃんはいいよ。めちゃくちゃ感情こもってた。僕もきゅんきゅんしちゃったよ。腐女子ちゃんたちに受けること間違いナッシング!」
 くねりと体を揺らす監督はそっち系の人でタイプはカカシのようは美形とのこと。聞いてもいないのにカカイル子に注進され、意味がわからないが「負けないで」となぜか気合いを込めて励まされた。
 7日間で大至急作らなければならないということで、とにもかくにも撮影は始まった。台詞は頭に入れた。機械的に無理矢理入れた。だがそれはイルカにとってどこか違う世界の暗号のようなものにしないととても口にできたものではない。よってどうしても台詞は棒読みにならざるを得なかった。
 カカシと二人向かい合う。それを囲むスタッフたち。カカイラーと呼ばれる腐女子たち。そんな視線の中で気持ちをこめて演技をするなど不可能だ。
 十五分ほど休憩となり、ぐったりと折りたたみのイスに座り込んだイルカの元にカカシがやって来た。
「イルカ先生〜。大丈夫ですか〜」
 イルカは涙目でカカシを見上げる。カカシはのんびりと笑ってイルカにペットボトルのお茶を差しだしてきた。カカシもイルカの横に腰掛けて、余裕の笑みを見せた。
「イルカ先生の気持ちはわかりますけど、さすがにもう少し感情込めましょうよ」
 カカシはのほほんと言ってくれる。
「俺に言わせればどーしてカカシさんがあんなに感情込められるのかが不思議です」
「それはほら、お仕事だし?」
 決め台詞を言われて、イルカは吠えた。
「仕事ならあんたは己のプライドを捨てるのかああああああ」
「捨てるよ。だって俺、忍者だし。上忍だし。やっぱり下の模範とならないとね」
「うっわー。嫌みな上忍」
「うっわー。できない中忍」
 ぴきっとイルカのこめかみの血管が切れた。カカシは馬鹿にしくさったにやけた顔でイルカを見ている。
 勢いよく立ち上がったイルカは、足音も荒く監督の元に詰め寄った。
「撮影! 再開しましょう。今すぐ! 再開しましょう!」
「ええ〜。とか言って、イルカちゃんさあ、ちゃんと演技できるの〜? さっきみたいな棒読みじゃ僕許さないよ〜。堪忍袋の緒が切れちゃうよ〜」
 監督が口を尖らせて文句を言う。その唇をつまんで、イルカはひきつった笑顔で宣言した。
「いいから、再開だ。俺の実力を見せてやる」
 イルカは宣言した通り、その後は完璧に演技をこなした。



→金曜日