■火曜日






「ここ、ひくひくしてるよ。気持ちいいの?」
「っ、違う、気持ちよくなんて……」
「うそ。こんなに出しちゃって、やらしいね。ほら、音するよ」
 背後から抱きすくめられ、下肢は好き勝手に嬲られる。男の大きな手がたちあがったイルカの欲をしごく。見たくもないがどうしても体が前屈みになり、自然とそこに目がいってしまう。
 そこは先端からじゅくじゅくと音をさせて、喜びに打ち震えていた。かあっと頬に血がのぼる。火照る頬をれろっと舐められた。
「ね、そろそろいれてほしい? いれてあげようか?」
 興奮して息を荒くした男が耳元で甘く囁いた。イルカは最後の抵抗とばかりに首を振るが、それが男の気分を損ねたのか、いきなり体をつきとばされた。
 力の入らない体はたたらを踏む。振り向けば、男、カカシは不適に笑っていた。
「じゃあいいよ。いれない。一人で慰めれば?」
 イルカは目を見開いた。その目が、みるみるうるんで、涙が頬を伝った。
「ひど、ひどいです、こんな、俺、どうしたら……」
「いつも俺がしてやってるようにやればいい。見ていてあげるよ」
 イルカはぺたりと膝をついてしまった。カカシはわざと言っているのだ。イルカはもう一人ではいけない体になっている。声をころして泣くイルカの前にカカシは立った。見上げれば、舌なめずりするような顔で下肢から欲望をつかみだす。それは大きく猛っていた。
「これ、舐めて。俺が満足できたらいれてあげる」
 ごくりとイルカは喉を鳴らした。それは期待によるものだ。カカシが舐めさせてくれることはあまりない。舐めればいれてもらえる。そう思っただけでイルカの下肢もまたどくんと脈打った。
「ほら、早く。口開けて」
「は、い……」



 イルカはたまらず渾身の力を込めて引き裂いていた。こめかみに血管を浮き立たせてぜえぜえと息を切らしながら引き裂いた。
 裂いただけでは飽きたらず、床に投げつけると、だんだんと足で踏みにじった。
「……あの、イルカ先生?」
 おそるおそるかけられた声にイルカは目をつり上げた。
「これは、これは一体なんですかっ。こ、こんな、破廉恥にもほどがある! なんで、俺が、俺がこんな変態なんですか!」
「変態じゃありませんっ。愛です」
 助監督をかばうようにして身を乗り出してきたのは脚本を書いた女性だった。綺麗な茶色の巻き髪の優雅な雰囲気の女性がぐっとこぶしを握って主張した。
「これは、二人の愛なんです! 愛情表現なんです。カカシはイルカのことを愛してるんです。でもそれを素直に伝えられなくて、つい相手を嬲るような態度をとってしまうんです。これがみんな好きなシチュなんです!」
 きらきらと彼女の目は輝く。
 彼女の後ろに控えているシンパたちがそうよそうよと同調する。
 ありがとうと後ろににこりと微笑んでから、脚本家は改めてイルカに向き直った。
「いいですかイルカ先生。カカイル同人界は過剰なほどの飽和状態に陥っているんです。そんな場合、普通は奇をてらった話を読みたいと思うかもしれない。でも違うんです。ありきたりな王道でいいんです。同じシチュの話でもいろんな作家が書くことによってそれぞれの個性がでる。それを楽しむんデス! その中でも『鬼畜だけど実は愛があって愛故にイルカをいたぶるカカシって』いうのは皆が好きなパターンのひとつなんです。他にも女体ネタ、記憶喪失ネタ、獣姦ネタ、強姦ネタ、遊郭ネタ、これらは間違いなく受けます。他にも体から始まるカカイル、浮気性なカカシが一途なイルカに最後はめろめろになるとかですね……って! ちょっと、イルカ先生! 何帰り支度してるんですか!」
 脚本家、ペンネーム「カカイル子」は目をつり上げた。イルカはつきあってられんと荷物のデイパックを背に負った。
「この任務はお断りします。五代目には俺から言っておきます」
「ダメよ。違約金、たっぷり請求するわよ。裁判を起こすわよ」
「どーぞご自由に!」
 イルカは怒りを隠すこともなくカカイル子と火花を散らす。
 睨み合うこと数秒、ふっと肩の力を抜いたイルカは、小馬鹿にするように口の端をつり上げた。
「こうなったら言わせてもらいますけど、愛ゆえなんて言ったって、いたぶられてそれを許すなんてあり得ないでしょう。俺だったら絶対にそんな相手許しませんよ」
「わかってますよそんなこと。わたしたちは脳内に妄想竹を生やして楽しんでるんです。カカイルはわたしたちの娯楽なんです。もう日常でもはーはー言っちゃって私生活に支障をきたすくらいなんです。だから満を持して実写版を作るって話になったんですよ!」
「あーそーですか! じゃあ俺以外の誰かにお願いしますよ。俺たち忍者だし変化でもなんでもしてもらえばいいでしょうが」
「そんなのダメよ! 本物に演じて貰わなきゃダメ!」
「何が本物だ! ふざけんな!」
 雇い主に対してどうかという態度ではあるが、イルカの堪忍袋の緒はとっくにブチ切れていた。
 もう相手にしてられんとイルカがドアを開けようとしたところに、飛び込んできたのはカカシ。どうも〜と気の抜けた挨拶をして、関係者に笑いかければ、ぎゃ〜! とテンションマックスの黄色い声援が上がる。カカシは声援を背にイルカに向き直るとやれやれと肩をすくめた。
「ダメですよイルカ先生。な〜にわがまま言ってるんですか。俺たち忍者にとって任務は絶対です。一度受けたからには任務は遂行します」
 カカシはきっぱりと言い切って、いつもは半眼になっている右目をきらりと光らせた。



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