■1日目






 立ちあがった小さな粒を人差し指と親指で挟まれる。少しきつめにつままれて、いたずらめいた動きで揺すられる。それだけで吐息が甘く色を帯びるが、そのことを恥じる気持ちも同時に芽生え、唇を噛んで、快楽を逃がそうとする。そんなイルカの心の動きを見透かしたようにカカシは小さく笑った。
「ね、気持ちいいならいいって言ってよ」
 妙に優しい目で見られることが耐え難く、ふい、と顔を逸らせば、耳朶をくすぐるように囁かれた。
「かわいい。恥ずかしいの?」



 そのあたりでイルカの口元がひきつる。のど元までせりあがったものを飲み下し、更に進める。



 腰骨のあたりをさらりと撫でられるだけで体から力が抜けてしまう。
 そのままカカシの手はイルカの体のラインを撫でさすりながら下に向かい、足を大きく開かされる。咄嗟に閉じようとしたが、カカシが体を入れてそうさせてくれない。無理矢理にでもカカシの体をどかすには体がとろけてしまっていた。
 悔しくてカカシを睨み付けると、カカシはイルカの屹立しているペニスの根本を抑えつけるのだった。
「っあ、や、だ」
 体をねじるが、カカシに先端をぺろりと舐められて、びくりと反応してしまう。
「あ……んん、や、ぁ」
「ほんと、かわいいねえ。食べちゃいたいよ」
 ごくりと喉を鳴らしたカカシを思わず見れば、カカシの色違いの目は濡れていた。欲望に、濡れていた。
 その目を見ただけで、カカシの熱が感染したようにイルカの中心はどくんと脈打った。
「あれ? 感じたの? やらしいなあ。俺まだたいしたことしてないのに、イルカ先生もうぐちょぐちょだよ?」
「や! そ、んなの、言わないで……」
「言うよ。だって言うば言うほどイルカ先生反応して感じちゃって、やらしくなって、たまらない」
 カカシこそにんまりとやらしげに笑うと、イルカの欲望をすっぽりと口に含んだ。





 イルカは本を投げ出した。俯く。そして顔を上げた時には不敵に笑った。大きな声を上げて笑った。うははうははと大笑いして、そのまま身を投げ出すようにして背中から床に倒れ込むと、笑いすぎて涙でかすむ視界に、見下ろしているカカシがうつった。
「ど〜しましたイルカ先生? そんな面白い話ありましたっけ?」
 イルカはむくりと起きあがると、大きく頷いた。
「ありましたどころか、ギャグでしょ全部。おかしくて仕方ないですよ。こりゃ下手なお笑いよりよっぽど面白い。面白すぎてへそで茶が沸くってんだ」
 けっと吐き捨てる。
「へそで茶が沸くとは、古風ですねえ」
 菜箸を持ったまま腕を組んだカカシが暢気に口にする。
「そんなことより俺腹ぺこなんですけど、もう用意できたんですか?」
「あ、そうそう。準備できたんで飲み会始めましょうよ」
「そうこなくっちゃ」
 イルカは機敏に立ちあがった。

「いや〜、真夏にクーラーびんびんの部屋であっつい鍋を囲むなんて贅沢ですねえ。昼から飲むビールのうまいことうまいこと」
 カカシ特製のキムチ鍋をつつきながらビールをぐびぐびと飲んでイルカはご満悦だ。外は猛暑。今年はありえないくらいの猛暑日の連続で、8月も半ばを過ぎる頃だというのに一向に暑さが引かない。たまにはこんな休日もいいものだと酒もすすむ。
「まったくですね〜。最近は里が平和で喜ばしい限りです」
 のほほんと笑顔を見交わす二人。
 もともとカカシとイルカはナルトを通じての上司と部下程度の関係だったが、あの時の任務をきっかけにときたまではあるが互いの家を行き来するくらいの仲にはなった。
 結局あの時の任務はイルカが断固として首を縦に振らず、抜け忍になることも本気で辞さない心構えでいたことから取りやめとなった。イルカが抜け忍になどなってしまうと、ナルトへの影響が計り知れない、という理由が大きかった。
 依頼者であるカカイル子にはせめて誠意を見せようと、それなりに責任感はあるイルカは自ら頭を下げに行くといえば、カカシはつきあいますよ、と共に来てくれた。
 カカシとイルカ、二人の訪問でカカイル子は狂喜乱舞。サインをくれだの一緒に写真をとってくれだのツーショットの写真もとりたいだの、とにかくものすごい歓待を受けた。
 メアドと住所の交換をして、いつかもっと軽めのものでしたらお願いしますと言われたのだ。
 それから1年ほど。いつ依頼がくるかとひやひやしていたが、カカイル子も多忙なのか時たま近況報告のメールがくる程度で、特に接触はなかった。
 すっかり日常を取り戻していたイルカにある日カカシからお誘いがあった。休みが同じ日にエアコンのきいた部屋で鍋でもしましょうと。食いしん坊のイルカはのこのことやって来たのだが、そこで目の前にどんとおかれたのが山積みの本。
 きらびやかな表紙に彩られたものやシンプルな景色や色遣いだけのものやらとさまざまとだ。
「なんですかこれ?」
 嫌な予感、というよりも確定的な気持ちで問いかける。きらびやかな表紙はすべて『カカシ』と『イルカ』なのだ。
「カカイル子さんから送られてきた同人誌です。俺これから鍋の準備しますので暇でしょうからこれでも読んでてくださいよ」
「は? なんで俺がこんな破廉恥本を読まないといけないんですか!?」
「だって、俺とイルカ先生あてに是非読んでくださいってきたんですよ〜。読み終わって必要でなければ資源ゴミで捨てるか同人中古ショップに売ってもかまわないとまで言ってくれてるんですから、こっちは任務の件で借りがあるし、せめて送られてきた本くらいきちんと読みましょうよ」
 気の抜けたような声だが、いいから読めとカカシの目は言っている。任務の件を持ち出されたら弱い。イルカは仕方なしに手にとったのだった。
「いやしかし、俺意外と免疫がついてたみたいですよ。ギャグとして読めばまったく問題ないってよくわかりました」
 豆腐をふうふう言いながら口に運ぶ。
「ギャグねえ」
「そうですよ! だって、いろいろありえないっつうの! 俺のことかわいいとかって、ありえないでしょう。あそことかくわえないでしょう!」
「いや〜イルカ先生は男にしてはかわいいキャラだと思いますよ〜」
「かわいくないっ!」
 口からキムチが飛び出そうな勢いでいうイルカにカカシはやれやれと肩を竦める。
「消化に悪いからそんな怒らないの。まずは食べましょ。おいしいお酒もあるんだし。ね」
 宥められてイルカは少しばかりしぼむ。大人げなかったかと反省してそれからはにこやかに和やかに食事をした。



「いや〜でもですねカカシさん。カカイル子さんははっきり言ってエロしか書けないんじゃないですか? さっきぱらぱら見ただけでもカカイル子さんの作品ってエロを抜けば四分の一くらいですみますね」
 おじやまで食べ終わり、今度は冷酒でちびりちびり、セロリと人参の浅漬けにナッツという肴でいい感じに酔っ払いになっていた。
「まあエロ満載には間違いないですね。でもカカイル子さんのスタイルはそれなんですよ。ロマンチックなハーレクイン系などぎついエロを貫くのもまあひとつのあり方と考えれば立派じゃないですか。あれだけエロを書くのって実はすごいですよ」
「そうですかあ? カカイル子さん編集のアンソロも入ってたじゃないですか。そっちのほうが上手いひとたくさんいましたよ。ちゃんとストーリーがあって無理なくエロを入れてきちんとまとめて。エロなくてもいいくらいの作品でしたよ」
「へー。ちなみにどの作家さんが一番よかったですか?」
「ええとですね……」
 イルカは隣の部屋から同人誌を数冊もってきて、ぱらぱらと捲る。
「この人、俺が一番いいと思ったのは『カカ・ラブ美』さん。……話はいいけどひでぇペンネームですね」
「ああ、イルカ先生お目が高い。その人はすっごいカウンター回すひとなんですよ。でも一度も本だしたことないですねえ。たまに、それも稀ですけど、頼まれて寄稿する程度かな。本だしたら絶対売れるの間違いなしの方なんですよ。サイトのほうもエロはどぎつくないし、話がしっかりしているから読めますよ」
「へ〜ちょっと読んでみたいなあ」
 そこでイルカははたと気づく。カカシをじとっと見つめた。
「どうしてカカシさんはそんなに詳しいんですか?」
「え? 言ってませんでした? だって俺すっかりカカイラーですもん」
「はっ!? はぁ? はぁ? はああああああ!?」
「あの任務のあといろいろ読んでみたら面白くて、やっぱ『Naruto』ならカカイルですね」
 イルカの酔いは一気に吹っ飛んだ。そして、壁際まで一気に身を引いた。
「もしかして、俺のこと狙ったりしてないですよね!? いいですかカカシさん。妄想と現実は違いますよ? 俺はごっつい男の体しかもってません。俺の肌がすべすべ的な描写が意外と多いですけど、普通の男並みのかさつきで、普通に毛、生えてますから! あそこだって別にピンクじゃありません。普通ですから! あと女の子みたいに喘いだりしませんから! なんか大手さんとやらの書く(描く)俺って、すっごい女の子みたいなんですもん! 俺はとにかく悲しいくらい人並みな男です!」
 ムキになって並び立てればカカシは吹き出した。
「もう、面白いな〜イルカ先生。そんなことわかってますよ〜。あくまでも妄想ですから〜。面白いじゃないですかこうゆうの」
 と言ってカカシは本を開く。



 四つんばいになって尻を高く掲げたイルカは、カカシのことを振り返った。濡れた目はあからさまな欲を滲ませていた。
「カカシさん……」
 はあ、と吐息とともにひそやかな声が漏れる。イルカの眼差しはそそりたつカカシの巨根を見ていた。筋張って隆々としたそれを舌なめずりして見る目は淫蕩で、この瞬間イルカは淫乱なオスと化していた。
「それ、早くちょうだい。俺の中、いっぱい突いて。お願い……」
 イルカはカカシに散々いじられてうすくそまる密やかな箇所を震わせて、尻をすり寄せてきた。



 ぶほっとイルカは吹きだした。げふんげふんと咳き込んでから、カカシを見れば、カカシは笑っていた。
「ねえ面白いよねえ。そそりたつ巨根ってなに〜って感じですよね〜。イルカ先生淫乱なオスだって! あはは〜」
「……カカシさん巨根なんですか? でっかいんですか?」
「今度一緒に銭湯でも行きますか?」
「……遠慮しておきます。ちなみに俺は淫乱なオスではありません。アカデミー職員中忍海野イルカです」
「あと俺によく使われる設定として、使い込まれでドス黒いアレを持ってるそうですよ〜。俺の肌の白さとの対比でよくつかわれる描写かな〜。逆にイルカ先生は経験の少なさを物語るかわいい桃色系ですね。使いこまれてるってなんかやりやりみたいでやだなあ。俺も桃色がいいなあ」
 カカシの言うことはどこまで真面目に聞けばいいのかわからなくなる。
「イルカ先生こそ、桃色なんですか本当に」
「だから違うって言ってるでしょうが! まったくカカイル子さんには羞恥とかないんですか? 女が巨根とか言うなー! だいたいそこに至るまでの描写なんて延々5ページくらいありましたよ? 『カカシ』はねちっこいエロ親父だし『イルカ』は快楽に流されやすい淫乱な小娘かってな風情です! お前ら他にやることないのかよ! って何度つっこみいれたことか! 病気になりそうですよ!」
 鼻息荒く告げると、イルカはカカシの持つアンソロを奪って、ページを捲る。
「せいぜいこれくらいがいんですよ!」



 カカシのことは好きだ。好きだが、体を重ねることに抵抗を感じてしまうことは仕方ないだろう。
 同じ性別を持つ者同士。本来なら、こんなふうな関係になるべきではないのだから。
 ベッドの上に乗り上げたはいいが、イルカは後ろに両手をついて、俯く。
「イルカ先生、もっと、ゆっくりいきましょうか」
「……え?」
 顔を上げれば、カカシはベッドから降りて、床に立っいた。
「焦ることないですよね。お互い好きだって気持ちに嘘はないんですし、ゆっくり、時間をかけていきましょうよ」
「カカシさん」
「ほら、よく大人なんだからって言ってすぐに関係結んじゃうひともいるけど、俺、そういうのは違うと思うんですよ。大人だからって、じっくり時間かけたって悪くないですよね。俺はそう思います」
 カカシは照れたように笑う。その素顔は気さくな感じがして好ましいものに映った。




「ほら! ちょっとカカシさんがいいひとすぎるけど、でもこういうのが俺は好きです。この後二人が結ばれるのは1年後です。ラブ美さんはそのあたりもさらっと2ページほどで、でも色っぽく書いているんですよ〜。ラブ美さんレベル高いなあ。大人だからってプラトニックで悪いかって話ですよ。いや、逆にがつがつやるのは子供のほうでしょう。大人はしとやかに、これですよ」
 イルカは感心するが、カカシは首を振る。
「確かに作品の完成度としてラブ美さんが上です。でもカカイラーが求めてるのはそうじゃあないんです。馬鹿売れするのはカカイル子さんなんです。だってみんな妄想の中の二人のエロが読みたいんです。二人にいちゃいちゃしてほしいんですよ。ラブ美さんの話じゃあ物足りないんです」
「違いますよ。カカイル子さんが売れるのは表紙とかもすごいプロ並みの絵を持ってきているからですよ」
 イルカは大変オトコマエのカカシとまるでかわいい女の子にも見えるような美しいイルカの表紙の本をかざす。
「あ、それは一理あります。カカイル子さんお友達多いですから。確かに目の肥えたカカイラーさんたちは今更カカイル子さんの本買わないんですよ。けどビギナーのカカイラーさんにとっては取っつきやすいし、表紙はいいしで売れるわけです」
「商売ですかすでに!?」
「カカイル子さんは手広くやってますよ〜。カカイル以外にもいくつか有名な漫画と小説の大手のカプリングで書いてますから。個人じゃなくて会社経営みたいな感じになってますね」
 イルカはぽかんと口があく。
 こうなるとたかが同人誌なんてあなどることはできやしない。
「で、イルカ先生、カカイル子さんからお誘い、どうします?」
 カカシがお猪口に冷酒を注ぎながらなにげなく訊いてきた。
 イルカはううんと腕を組んで考える。
「火のコミは楽しいと思いますよ〜。すっごい規模ですから火の国だけでなくて他の国からも大量のひとたちがやってきます。いろんなお店もでてるしコスプレのひともたくさんいるし、同人誌だけじゃなくて服飾や雑貨の人たちもいるんですよ〜。今回ラッキーなことに『Naruto』と同じ日に違う館ですが雑貨なんですよ」
 カカイル子はイルカとカカシに火の国コミックマーケット、通称火のコミとやらで売り子をやってくれないか、と誘ってきたのだ。会場までのお足と、昼食代、新刊にあと些少ながらお礼のお金を、と条件を提示してきた。
「でも俺、売り子なんてやったことないし、カカイル子さんは大手ってやつなんですよね? 俺にできますか?」
「それは問題ないですよ。カカイル子さんが作品書いている三つの作品の中でまだそこまで大手じゃいないジャンルなんで、壁じゃなくてお誕生席のスペースですから」
「壁? お誕生席?」
「まあとにかく、受付で鍛えられているイルカ先生なら大丈夫ですって」
 なにやら事情通なカカシが請け負うなら、大丈夫かもしれないという気がしてくる。
 『Naruto』だけなら断じて行く気はしないが、他のジャンルやら服飾雑貨にコスプレとくるとさすがにイルカもそそられるものがある。
 木の葉の里は毎年火の国で開催されている夏と冬にコミックマーケッとやらの警備を担っている。以前知人が警備にかり出されて、コスプレがすごいとうっとりと呟いていたのだ。
 実はイルカも、ワ○ピースのハ○コックのコスプレだったら見てみたいとひそかに思っていたりする。
 それに。
「ねえカカシさん。最近の『Naruto』どう思います?」
「どう思うって?」
 カカシに問い返されて、イルカは部屋の隅に積んである最近の週間少年ザンプを持ってきた。
 『Naruto』のページをどんと開いてみせる。
「四代目、超かっこよくないですか? あとガイ先生。やっぱかっこいいっす」
「四代目がかっこいいには同意しますがガイは昼ドラの時臭いですよ? きっと鬼鮫は臭さにやられたんですよ」
「いいんです! 俺の前で昼ドラ放つことはないでしょうから!」
「で何が言いたいんです?」
 ずばりとカカシに切り込まれて、イルカは照れた笑いで誤魔化しながら伝えた。
「や、イル四とか、イルガイとかは、ないのかな〜って」
「……」
「もちろん! プラトニックですよ? 四代目にかわいがられてる俺とか、四代目に憧れている俺とか、読んでみたいな〜って。あとガイ先生にかわいがられている俺でも」
「イルカ先生」
 カカシは深くため息を落とす。
「そんなマイナーカップルきいたことないです。もし、万に一つあったとしても! 逆です」
「逆?」
「そう。イルカ先生は受け! なんといっても受け! ナルト相手でも受けなんですからね!」
 びしっと指をさされて、イルカはぐっと詰まる。
「ナルト相手にって……。あ、そうだ。ナルトといえば」
 イルカはザンプをまたぱらぱら捲る。
「今週からアニメのほうは三週連続俺の、じゃなくて『イルカ』の話なんですよね〜。へへー。一回目なんて『新人教師イルカ』?」
 イルカの手からザンプがばさりと落ちた。
「どうしました?」
 イルカは涙目になってカカシの胸元につかみかかった。
「ひどすぎるー! 『新人教師イルカ』なんて! ちょっと間違ったらエロビデオの女教師ものみたいじゃないですかあああ! これじゃあますます『イルカ』は受けになっちゃいますよー!」
「ちょっ。ちょっと、イルカ先生! 『新人教師』じゃなくて『新米教師』! そこんとこ間違えないで! 大きな違いだから!」
「あ、そうなんですか?」
 ほっとしてイルカは胸をなで下ろす。
「そんなことより、火のコミどうします〜イルカ先生」
 カカシに顔を向けたイルカは、にっこりと笑った。
「行きます」



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